子曰:吾十有五而志于学,三十而立,四十而不惑,五十而知天命,六十而耳顺,七十而从心所欲,不逾矩。子曰く、吾十有五にして学に志す。三十にして立つ。四十にして惑わず。五十にして天命を知る。六十にして耳順う。七十にして心の欲する所に従えども、矩を踰えず。
常よくある読み方
年齢で区切った人生の時間割。
注注の要となる語
「心之所之謂之志」——心の向かう所が志。「於事物之所当然、皆無所疑」——物事のあるべき姿にすべて疑いがない(不惑)。「天命……事物所以当然之故」——天命とは、物事がそうあるべき理由。「矩、法度之器」——矩とは法度を測る道具。
家諸家はどう言うか
程子「聖人未必然、但為学者立法、使之盈科而後進」——聖人自身が必ずしもそうだったのではなく、学ぶ者のために法を立て、一つの窪みを満たしてから進ませる。朱熹自身の按語「因其近似以自名」——似たものにちなんで自ら名づけた。
读一孔録はこう読む
年齢が来れば自動的に出る証書ではなく、学びの一本道。
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動画で引いた注の一句一句:原文、誰の言葉か、底本のどの頁か。「要約」とあるものは私たちのまとめで、原文ではありません。
| 引用 | 出典 | 底本の頁 |
|---|---|---|
| “古者十五而入大学;心之所之谓之志;有以自立,则守之固而无所事志矣;于事物之所当然,皆无所疑” | 朱熹の注 | 原頁 25 |
| “天命,即天道之流行而赋于物者,乃事物所以当然之故也;声入心通,无所违逆” | 朱熹の注 | 原頁 25 |
| “矩,法度之器,所以为方者也;安而行之,不勉而中也” | 朱熹の注 | 原頁 26 |
| “孔子生而知之也,言亦由学而至,所以勉进后人也” | 程子(朱注所引) | 原頁 26 |
| “孔子自言其进德之序如此者,圣人未必然,但为学者立法,使之盈科而后进,成章而后达耳” | 程子(朱注所引) | 原頁 26 |
| “愚谓圣人生知安行,固无积累之渐,然其心未尝自谓已至此也。是其日用之间,必有独觉其进而人不及知者。故因其近似以自名,欲学者以是为则而自勉” | 朱熹“愚谓”(前后转述) | 原頁 26 |
音読み方(中国語音)
| 字 | 句中の位置 | 読み |
|---|---|---|
| 有 | 十有五 | yòu |
页底本の原頁
一孔録『論語・為政第二』2.4「吾十有五にして学に志す」、https://yikonglu.com/ja/lunyu/wei-zheng/4.html、2026-11-03 版。最終確認:2026-11-03。変更は正誤表.
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